「判例道場」第30回

【第29回解答】

労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。

〔選択肢〕

A:① 年齢・性別等 ② 勤続年数・離職率等 ③ 配置・異動の実情及び難易等 ④ 経験・技能等

B:① 債務の本旨 ② 雇用契約 ③ 債権の本旨 ④ 使用者の指揮命令

〔解説〕

  • 科目「労働基準法」:難易度「難問」
  • 解答根拠

最判平成10.4.9「片山組事件」

  • 事案概要

Xはバセドウ病に罹り、通院治療を受けながら、会社Aの従業員として現場監督業務を続けていた。その後新たな現場監督業務を命じられた際に、会社Aに対して病気により従事できない旨を伝えたところ、会社Aは病気治療に専念する命令を発した。Xは、事務作業なら行えるという内容の主治医診断書を提出したが、会社Aは、現場監督に従事できる記載が診断書にないことを理由に、自宅治療命令を継続させた。その後Xは現場監督に復帰したが、自宅療養期間中(事務作業に就くことができたにもかかわらず、強制的に休業させられた期間)の賃金の支給を求めて訴えた事案

  • 論点

私傷病により本来の業務に就けない状態である労働者が「他の業務に就くことができる」と申し出ている場合、会社の命令で休業した期間について、労働者はその間の賃金請求権を有するか

  • 結論

有する(労働契約において職種や業務内容が特定されていない場合、病気や障害などによりそれまでの業務を完全に遂行できないときは、労働者の能力、経験、地位、企業規模、業種、労働者の配置・異動の実情や難易度等に照らして、その労働者を配置する現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ、かつその申出をしている場合、労務の提供(債務の本旨※に従った履行の提供)があったものとみなし、これを受領しなかった使用者に対する賃金請求権は喪失しない。)

※)「債務の本旨」とは…その「債務の中身」のこと。労働契約の場合、労働者の義務(=債務)は「労務の提供」であることから、「労務の提供をすること」が「債務の本旨」ということになる。

〔第30回問題〕

労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、 C 、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される。また、割増賃金の算定方法は、労働基準法37条等に具体的に定められているが、労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない。

他方において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、 D に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、 D に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。

〔選択肢〕

C:① 労働の対価を確保し ② 時間外労働等を抑制し ③ 労働者の生活の安定を図り 労使関係の安定を図り

D:① 平均賃金 ② 通常の労働日の賃金 ③ 通常の労働時間の賃金 ④ 基準内賃