「判例道場」第29回

「判例道場」第29回

 

【第28回解答】

労働基準法136条が、「使用者は年次有給休暇を取得した労働者に対して賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。」と規定していることからすれば、使用者が、従業員の出勤率の低下を防止する等の観点から、年次有給休暇の取得を何らかの経済的不利益と結びつける措置を採ることは、その経営上の合理性を是認できる場合であっても、できるだけ避けるべきであることはいうまでもないが、右の規定は、それ自体としては使用者の努力義務を定めたものであって、労働者の年次有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは解されない。

また、右のような措置は、年次有給休暇を保障した労働基準法39条の精神に沿わない面を有することは否定できないものではあるが、その効力については、その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年次有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、年次有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるものでない限り、公序に反して無効となるとすることはできないと解するのが相当である。

〔選択肢〕

C:① 解雇 ② 賃金の減額 ③ 超過処分 ④ 降給、降格

D:① 義務 ② 権利濫用の禁止 ③ 配慮義務 ④ 努力義務

E:① 公序に反して ② 不法行為として ③ 信義に反して ④ 不当労働行為として

〔解説〕

  • 科目「労働基準法」:難易度「普通」
  • 解答根拠

最判平成5.6.25「沼津交通事件」

  • 事案概要

Y社は、タクシー会社であったが、自動車の実働率を高める必要性から、乗務員の出勤率を高める措置として、皆勤手当(月ごとの勤務予定表どおりに出勤した者に支給し、勤務予定表作成後に年次有給休暇等を1日取得すると半額支給、2日以上取得すると支給しない取扱いとするもの)を支給することとしていた。

Y社の乗務員であったXは、2日以上の年次有給休暇を取得したことによる皆勤手当不支給の取扱いは、年次有給休暇取得に対する不利益取扱いに当たるとして、その支払を求めて訴えた事案

  • 論点

年次有給休暇を取得したことにより、皆勤手当を減額ないし不支給とすることはできるか

  • 結論

できる(Y社は、タクシー業者の経営は運賃収入に依存しているため、自動車を効率的に運行させる必要性が大きく、交番表が作成された後に乗務員が年次有給休暇を取得した場合には代替要員の手配が困難となり、自動車の実働率が低下するという事態が生ずることから、このような形で年次有給休暇を取得することを避ける配慮をした乗務員については皆勤手当を支給することとしたものと解される。右措置は、年次有給休暇の取得を一般的に抑制する趣旨に出たものではないと見るのが相当であり、また、乗務員が年次有給休暇を取得したことにより控除される皆勤手当の額が相対的に大きいものではないことなどからして、この措置が乗務員の年次有給休暇の取得を事実上抑止する力は大きなものではなかったというべきである。以上によれば、Y社における年次有給休暇の取得を理由に皆勤手当を控除する措置は、労働基準法39条および136条の趣旨からして望ましいものではないとしても、労働者の同法上の年次有給休暇取得の権利の行使を抑制し、ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められないから、公序に反する無効なものとまではいえない。)

〔第29回問題〕

労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の A に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお B に従った履行の提供があると解するのが相当である。

〔選択肢〕

A:① 年齢・性別等 ② 勤続年数・離職率等 ③ 配置・異動の実情及び難易等 ④ 経験・技能等

B:① 債務の本旨 ② 雇用契約 ③ 債権の本旨 ④ 使用者の指揮命令

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